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長野地方裁判所 昭和40年(ヨ)53号 判決 1965年10月19日

申請人 駒津茂春

被申請人 長野電鉄株式会社

主文

申請人が被申請人の従業員である地位を仮に定める。

被申請人は申請人に対し、昭和四〇年六月から本案判決確定にいたるまで、一月金二七、六九六円の割合による金員を毎月二五日限り支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、申請人の主張

申請人訴訟代理人は、主文同旨の裁判を求め、その理由としてつぎのとおり述べた。

一、被申請人(以下単に会社という)は、肩書地に本社をおき、地方鉄道業、自動車運送業、電力供給業、索道事業、自動車道事業、旅館、遊園地その他の観光事業などを営む会社であるところ、申請人は、昭和三三年三月七日同社に期限の定めなく雇傭され、昭和三四年四月一日以降会社自動車部営業課須坂営業区に所属して乗合自動車の運転士として勤務し、毎月二五日限り、一月金二七、六九六円の割合による賃金(但し昭和四〇年六月当時の平均賃金)の支払を受けていた。

二、しかるに、会社は右雇傭契約が有効に存続しているにも拘らず、これが終了したものとして、同年六月一日以降申請人の雇傭契約上の権利を認めず、かつ賃金を支払わないので、申請人は会社に対し、雇傭契約存在確認ならびに賃金請求の本訴を提起するべく準備中であるが、申請人は会社から支払われる賃金のみで生計を維持するもので、本案判決の確定をまつては著しい損害を被ることになるので、本件仮処分申請におよんだものである。

三、ついで、被申請人の主張に対する答弁としてつぎのとおり述べた。

(一)  被申請人主張の二(一)記載の事実中、申請人が妻と一男一女の二児を有していること、同人が勝山英子と情交関係を結んだことは認めるが、その余の事実は争う。同項(二)の事実中、昭和四〇年六月二七日主張の退職辞令が送達されたことは認めるが、その余の事実は争う。同項(三)の事実は認める。

(二)  本件解雇は、申請人において被申請人主張の規定に定める解雇事由が存在しないにも拘らずなされたものであるから、解雇権行使の正当な範囲を逸脱したものであつて、解雇権の乱用として無効である。すなわち、右規定は、会社の従業員が乗客の面前で著しく卑猥の言動をなしたとかあるいは、故意に業務命令に違反して自動車や電車の定期運行を混乱におとし入れた場合など会社の業務との関連において著しく風紀・秩序が乱され、会社の体面を汚し、損害を与えた場合をいうものであつて、本件における如く純然たる私生活上の男女間の不品行をも包含されるものと解することはできない。

(三)  仮にそうでないとしても、本件解雇は、労働協約第二〇条に定める人事委員会に対する諮問を欠いてなされたものであるから無効である。すなわち、同年五月一三日に開催された人事委員会においては、会社は申請人を懲戒解雇とする旨の提案をなしたところ、これは結局承認されるところとならず、申請人から自発的な退職の意思表示をまつて会社との雇傭関係を終了させる旨を決定したにとどまり、解雇処分にすることは決定されなかつたにも拘らず、本件解雇に及んだものである。しからば、結局人事委員会の諮問なしに右解雇がなされたものというべきである。

第二、被申請人の主張

被申請人訴訟代理人は、「申請人の申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求め、答弁として、つぎのとおり述べた。

一、申請人主張の一、記載の事実、および二、のうち会社が申請人主張の日以後その雇傭契約上の地位を認めず、かつ賃金の支払をしないとの事実は認める。

二、しかしながら、申請人と会社との雇傭契約はつぎのとおり解雇により終了したものである。

(一)  申請人は、妻と一男一女の二児を有しているにも拘らず、昭和三九年一月頃から、同じく会社須坂営業区で乗合自動車の車掌として勤務する勝山英子(当一八才)と情交関係を結び、ついに同女を妊娠させ、昭和四〇年三月二日須坂市板倉病院で中絶手術をさせるにいたつた。しかして、申請人と右勝山は、運転手と車掌として同一の車に同乗して勤務する関係にあるところから、とくに風紀問題は重要視されなければならないのみならず、会社自動車部は、車掌として多数の女性を擁する職場であるから、著しく風紀を乱す申請人の行為によつて、会社の対外的信用は失われ、さらに逼迫した求人難の折柄、女子車掌を雇用するにあたつては大きな影響を受けたものであつて、申請人の右行為は、労働協約第二八条第五号(破廉恥罪を犯し、または著しく風紀、秩序を乱して、会社の体面を汚し、損害を与たとき)に該当する。そして、右規定は、その趣旨からして、破廉恥罪を犯しまたは著しく風紀・秩序を乱すなど社会生活上の非行によつて、会社の体面を汚しあるいは損害を与えたことを要件とするものと解されるべきである。

(二)  そこで会社は申請人に対し、同年五月一三日と同月二六日の二回にわたつて、右規定にもとずき、同月三一日限り同人を解雇する旨の普通解雇の意思表示をなし、さらに翌六月一九日付書面(その頃到達した)で、五月三一日付発令の退職辞令を受領するために出頭するように通告した上、同月二七日到達の書面で右退職辞令を送達したものである。従つて、会社と申請人との雇傭契約は右解雇により同年五月三一日限り終了したものである。

(三) なお、会社は申請人に対し、同年七月一〇日平均賃金三〇日分の予告手当として金二七、六九六円を弁済供託した。

三、ついで、申請人の解雇権乱用ならびに人事委員会に対する諮問欠缺の主張についてつぎのとおり述べた。

申請人主張の三、(二)記載の事実は否認する。同項(三)記載の事実中、主張の日に人事委員会が開催され申請人の処分について協議したこと、会社案が承認されなかつたことは認めるが、その余の事実は争う。右委員会において、「申請人を普通解雇とする、ただしできるだけ同人に退職願を提出させる」旨決定され、これによつて本件解雇にいたつたものである。

第三、証拠<省略>

理由

一、被申請会社が肩書地に本社をおき、地方鉄道業、自動車運送業などを営む会社であり、申請人が昭和三三年三月七日同社に期限の定めなく雇傭され、昭和三四年四月一日以後会社自動車部営業課須坂営業区に所属して乗合自動車の運転士として勤務していたこと、および会社より申請人に対し、昭和四〇年六月二七日退職辞令が送達されたことは、当事者間に争いがない。

二、ところで、申請人は右退職辞令の趣旨を争い、更にその解雇の効力を争うので、右辞令の発せられた経緯について審案するのに、当裁判所が取り調べた疎明資料および弁論の全趣旨を綜合すれば、以下の事実が疎明される。すなわち、

(1)  被申請会社は資本金五億五千万円を有する県下有数の電鉄、バス事業を営む会社であつて、北信地方に多くの定期路線をもち、多数の従業員を雇傭して乗合自動車による運送事業を営むものであるが、その事業の性格上、車掌として高等学校卒業直後の若年の女子職員を多数雇傭し、男子運転士とともに乗合自動車に乗車して勤務させているために、会社は職場における風紀維持には少なからぬ関心を寄せている。申請人の属する須坂営業区も男子職員九三名に対し、女子職員は六〇名にのぼり、その大部分は毎年地元高等学校の卒業者を対象として募集しているところ、最近は特にその応募者が減少の一途をたどつているため、会社はその人員確保に心を痛め、そのための配慮から、近年運転士と車掌間の風紀問題にはとりわけきびしい態度をもつて臨むようになり、非行のあつた運転士を依願退職させた事例を一、二数えている。

(2)  申請人は当年三五才で、妻(二八年)、長女(七年)、長男(二年)の家族とともに肩書住所地に居住し、昭和三三年三月会社に入社以来同営業区へ通勤しているものであるが、昭和三九年一月末頃中野営業区から転勤した車掌、勝山英子(当一八年)と勤務を共にしたことから同女に関心を寄せ、同年二月下旬頃から同年九月上旬までの間、勤務時間後しばしば情交関係を結び、遂に同女を妊娠せしめるに至り、その結果同女は翌四〇年三月二日妊娠約六ケ月で妊娠中絶手術を受け、同月一八日任意会社を退職するに至つた。なお、申請人には職場内において、他にも二、三の車掌との間で不純な交渉があつたとの風評があり、会社側もこれを聞知していた。

(3)  会社の人事関係担当者らは、昭和四〇年三月三日須坂営業区の現場責任者より右勝山の妊娠中絶の報を受け、早速事情を調査せしめたところ、同月五日申請人は営業区長に対し、右勝山と関係のあつた事実を認めて謝罪の意を表明したため、会社側は右事実関係について確信を抱き、協議の結果懲戒解雇をもつて臨むべしとの結論を得、同年五月一三日労働協約の規定によつて人事委員会を招集して申請人の懲戒解雇の件について諮問した。同委員会は協議の結果、申請人を懲戒解雇することは苛酷であると判断したが、職場の風紀維持の点から申請人の解雇も止むをえないとの結論に達し、同人を通常解雇に付する、但し同人の将来をも考慮しなるべく依願退職の方法によらしめる旨の決議をした。そこで、会社側はこの決議の趣旨に則り、同人を依願退職せしめるか、さもなくば同人を通常の解雇処分に付することとし、同年五月一四日営業区長を通じて申請人に対し、その事情を説明したうえ直ちに退職願を提出するよう勧告し、五月一杯賃金を支払うが六月からは出勤するに及ばないと申し渡した。

(4)  しかしながら、申請人は退職願を提出しないまま同年五月三一日を経過したため、会社側は同年六月一九日営業区長名をもつて退職辞令および退職手当金受領等を催告したが、同人は会社に対し却つてその処分の非を訴えたのみでこれに応じないため、会社側は同月二七日到達の書留郵便をもつて申請人に対し、「職員を免ずる。退職手当八二、〇〇〇円を給する。」との昭和四〇年五月三一日付の退職辞令を送付するとともに、同便をもつてその到達後三日以内に退職金の受領に出頭するよう催告し、次いで翌七月一〇日長野地方法務局に対し三〇日分の予告手当二七、六九六円および退職金八二、〇〇〇円を供託した。

三、以上の事実が疎明されるのであつて、この事実によれば、会社は労働協約の規定に従い人事委員会を招集し、その諮問に基いて申請人を予告解雇することとし、同人に対して遅くとも昭和四〇年六月二七日その解雇の意思表示をなしたものというべく、この点について、人事委員会の諮問を欠き、あるいは解雇の意思表示がされていないとする申請人の主張は理由がない。

四、そこで、進んで右解雇の効力について考える。

(1)  疎明によれば、会社とその従業員をもつて組織する長野電鉄労働組合との間の労働協約は、人事に関する第二八条において、「会社は次の各号の一に該当する場合の外従業員を解雇しない。」と規定し、以下に「一、懲戒により解雇処分をされたとき。二、休職期間が満了したとき。三、不具廃疾によつて執務に甚だしく支障があるとき。四、正当な理由なく連続二週間以上無断欠勤したとき。五、破廉恥罪を犯し、又は著しく風紀・秩序を乱して会社の体面を汚し、損害を与えたとき。六、重要な経歴を偽り、その他不正な方法を用いて採用されたことが判明したとき。七、組合から除名されたとき。八、その他組合と協議した場合。」とその事由を列挙していることが明らかである。ところで、この規定の文言からすれば、右解雇事由はこれを制限列挙と解するほかはなく、これが労働協約において定められている以上、会社は右に定める事由以外の事由によつて申請人を解雇しえないものというべく、この規定に反する解雇は当然無効といわなければならない。

(2)  ところで、会社は申請人の前記解雇は前記第五号によるものであると主張するので、まずその規定の趣旨について考えるのに、疎明および弁論の全趣旨によれば、会社が昭和四〇年一月一日実施すべく制定した就業規則は、懲戒解雇に関する第九七条第四号において、「破廉恥罪を犯し、素行不良で会社の風紀・秩序を紊した者。」を懲戒事由として掲げていることが明らかであり、この規定は一見前記協約第二八条第五号に類似しているけれども、就業規則の右規定に該当する者は当然同条および協約第二八条第一号によつて解雇されうることから考えると、協約二八条五号は右就業規則第九七条第四号と異り、かつ両者が調和するように解釈されなければならない。そこで、この両者を比較対照してみると、懲戒解雇に関する就業規則第九七条第四号は、「会社の風紀秩序を紊した者。」と規定している反面、通常解雇に関する協約第二八条第五号のように、「会社の体面を汚し、損害を与えたとき。」をその要件としていないことが分るのであつて、この両者を合理的に調和さすべく解釈するならば、前者は主として職場内の風紀秩序を直接乱すことにより、その者を職場から排除しなければならぬような場合を指し、後者は主として職場外の社会生活において社会一般の風紀秩序を乱し、その結果が会社の信用を傷つけ、かつ会社に損害を及ぼす場合を指すものと解さなければならない。この理は、懲戒処分が、経営秩序の維持のために経営者に与えられた懲戒権の発動として行われるものであることからしても当然である。そうであるなら、協約の第二八条第五号は、被解雇者の社会生活上の非行が会社の体面をけがし、かつ損害という結果を及ぼすことを主要な要件とするものであつて、そのいずれを欠いてもこれを解雇の事由となしえないものというべきである。会社のこの規定の解釈に関する所論は採用できない。

五、そこで、本件につきその解雇事由が存在するか否かについて判断する。

前記第二項の認定事実によれば、申請人は妻子ある身で未成年の女子職員と長期に亘つて情交関係をもち、その結果同女を妊娠せしめたものであつて、その行為はその性格態様ならびに両者の家庭的および職務上の身分に照らせば、単なる私生活上の事故というに止らず、少なからず社会の風紀を紊し、ひいては会社内部の風紀をも紊したものということができる。しかしながら、さらに進んで右行為が世間に広く伝わり、会社の信用を害するような事態を生ぜしめたとの点については、これをうかがうに足りる主張および資料がなく、その受けた損害についても、前記勝山英子が退職して車掌の人員が一名減少したという損害のほか、何ら具体的事実について主張もなく、かつそのような事実を疎明する資料もない。もつとも、前記認定事実からすれば、その職場環境からして、かかる事件が職場および職員の家庭へと伝播するであろうことは容易に想像しうるところであり、かくなるうえは、求人難の折から会社が車掌の募集に更に心を痛めるであろうことは予想されるけれども、いやしくも解雇の事由とする以上、被解雇者の利益を保護するうえからも、単なる漠然たる予想や推測では足りず、被処分者の責任を追及するに足りる充分な具体的事実の存することを要すると解しなければならない。そうであるなら、申請人の前記非行が協約第二八条第五号の解雇事由に該当するとの疎明は未だ不充分であつて、右解雇はその事由を欠くものといわなければならない。そして、本件解雇が懲戒解雇でないことは前記認定のとおりであり、また前記認定の非行は協約の解雇に関する前掲いずれの条項にも該当するものとは思われないから、本件解雇は結局協約の規定に違反するものであつて、無効といわなければならない。

六、そうであるなら、申請人は一応未だ会社の従業員たる地位を有するものというべく、同人が前記のとおり家族をかかえ、入社以来その賃金のみによつてその生計を維持してきたものであつて、本案判決の確定を待つにおいてはその生活は危殆に瀕し、回復しがたい損害を蒙ることは、疎明によつて一応これを認めうるから、同人に対し、右従業員たる地位を仮に定め、従前の賃金を仮に支払わしめる必要があるということができる。そして、申請人がその退職辞令受領の際支給されていた平均賃金が月額二七、六九六円であつて、昭和四〇年六月一日よりその支給を受けていないことは当事者間に争いがないから、その地位の確定および同年六月一日より右賃金の仮払いを求める申請人の本件仮処分申請は理由があり、これを認容すべきである。

七、そこで、本件仮処分申請をすべて認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中隆 千種秀夫 伊藤博)

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